木曾の真竹で編んだ味わい豊かなバッグ

長野県木曾の良質な真竹を山から切り出し、細かく切り分け“ヒゴ”に細工して昔からの編み方の基本を忠実に踏襲して丁寧に編み上げたバッグです。
しなやかで艶のある真竹は繊細なバッグを作るのには一番。
特に細やかな細工と持ち歩く為の強度を必要とするハンドバッグには最適な素材です。
和と洋を、また老と若を問わず、あらゆるファッションにも合う「網代編みバッグ」は永年作り続けた自信の逸品です。渋みのある光沢、細部の締めに籐を使う技法で強度をさらに強め、デザイン的にも柔らかな美しさを醸し出しています。
バッグ上部の口には綿を、ヒモには正絹を使う巾着つきで、機能面でも抜群。
幅20センチ、高さは持ち手を除いた本体部分で15センチ、マチが7センチのサイズは多くのものを入れる収納性も抜群で、あらゆるシーンでセンスよく使うことができます。
水性の染料で染め、加飾を施した後オイルを拭き込んだシックな雰囲気の色合いは使い込むほどに艶や風合いが増し、時を越え、世代を超えて受け継がれて行くことが出来るでしょう。
20年を超える経験かから生まれた手作りのバック

「木曾に移り住んで7,8年が過ぎた頃から地物を素材とした手仕事になってきました」と作者が語っているように、信州の木曾を最適の地として住み着き、品質の良い真竹に出合い、工房を構える飯島さん。
竹の素材を生かした、伝統の技を駆使してハンドバッグや竹を使った文鎮、はこ、ランプなどの作品を丁寧に手作りしています。
木曾谷の山里で先人から引き継がれた竹工芸職人の優れた技術に思いを馳せながら、真竹から加工した“ヒゴ”を染色し、ひたすら編込んだものに、ほこり(胡粉や煤など)を入れ込み最後に漆やオイルで仕上げる。その最後の工程で“ふゎっ”と浮き上がってくる網目が、物そのものの凛とした雰囲気を醸し出しますと、飯島さんは自信を込めて竹細工作りに情熱を燃やします。
その為、特に強度が必要とされる、持ち手と本体の接続部分に不具合が生じた場合には無償で修理をしてもらえる保障つきと言うのも魅力的です。
編む

むひたすら編む。
編んでいると、最初に編み方の基本を思いついた竹士の余裕と想像力をひしひしと感じる。網代あみもさながら、亀甲編みになるとどうやって考えついたんだろうと敬服してしまう。畳の間、卓袱台の上、じっくりと1本のひごを差し込む先達の姿が浮かんでくる。
竹や

竹やの仕事を始めてかれこれ20年になろうとしている。
いくつもの壁を乗り越えてきた。壁は高く厚い。
ひとつ越えるごとにひとつステップアップしてきたように思う。
辞めないこと、ただそれだけ。
染め

久しぶりに染めた。感が鈍ってるだろうから少しビビル。
これは1回目の染め、2回目で決める。
濃い色は、後々でもなんとかいけるのだが薄めでいこうと思ってる。
染料の仕入れ先によっても色見が違ってくるから若干考える、手仕事の妙。
木工や

うちは、竹やよりも木工やとのつきあいが多い。
竹工は、”ひご”を細工すれば、ある程度融通がきくというか、なりゆきに応じるみたいなところがある。
竹やから見る木工は、寸法が正確でないと組みがうまくなく、だから行程がきちりとしている(木工芸は違うのだけれど)。
ぴし、ぴしとしてぱしっという感じ。
これが、人間性にもでていて竹やと木やは、人間のジャンルが違うように思う。
木やの方はさっぱりしていて立っている。竹やは一癖も二癖も三つも四つもあって座っている。
パソコンやネットなど、木やは結構ホームページをあげている人が多いのだが、竹やはさっぱりである。
頭の使い方がパソと木工は似ている様な気がするということもあるのだけれど、竹やは元来、機械というものをほとんど使わず刃物を使い自分の手の腹の感覚でもって仕事をやり通すから、文明の利器を使おうとしない、それも又うなずける。 まぁ、自分にあった仕事をしているってことだわね。
仕事

山で採ってきた竹を割り、さき、“ひご”にする。
この写真はその後草木染をして、干しているところで盛り籠の縁の部分。
わたしの作品は、染めた物が多い。
染め上がったひごを編み、ほこり(*胡粉や煤など)を入れ込み最後に漆やオイルで仕上げる。
この最後の工程でふわと浮き上がってくる編み目が、物そのものの凛とした雰囲気を醸し出す。
*「胡粉」とは貝をすりつぶしたもので白色、煤とは油煙のことで文字道理、煤で黒色、他に紅柄という赤があり、いずれも顔料。